小さいころから父親にずっと言われてきたことがある。
「日本の競馬史上、一番強かった馬は、マーチスだ」。
最近の競馬ファンだと名前すら知らない人もいるかもしれない。31戦14勝。主な勝ち鞍は皐月賞。こう見ると、大したことがないかもしれない。
しかし、NHK杯を勝った時、父親は「(2着の)タケシバオーが止まって見えるほどの脚で差し切った」という。また、「マーチスはシンザンの再来」とまで言われたこともある。
そのマーチスを生産したのが、カントリー牧場だった。
カントリー牧場最後の意地。それを見せたのが、ウオッカだったと思っている。
そのウオッカが亡くなった。15歳。早すぎる死だ。
改めて成績を見てみる。着外も結構あり、決して完璧というわけではない。
しかし、衝撃という点では歴代でも屈指であろう。
64年ぶりの牝馬による東京優駿制覇。思えば、これが牝馬の時代の到来を高らかに告げるものだった。
ダイワスカーレットとの幾度の名勝負。特に、最後の対戦となった天皇賞(秋)での大接戦は競馬史上に残るレースとなった。
府中で見せる強さ。前が壁になって絶望的といえた安田記念。それでも差し切って勝つという、並外れたパフォーマンスも見せた。
半面、気難しいところを見せての敗戦も少なからずあった。そういった負けも含めて、ウオッカは競馬の素晴らしさ、難しさ、挑戦することの大切さ、諦めない精神などを教えてくれたと思う。
だからか、ウオッカには最近の競馬では少なくなったタフさというか、泥臭さを感じた。きっとそれが、レースを使って強くするカントリー牧場の意地だったと思う。
このカントリー牧場の意地は、ウオッカの繁殖にも表れていると思う。
そもそもウオッカの牝系は、小岩井牧場の基礎輸入牝場であり、日本の名牝系となっているフロリースカップ系。そこに、トウショウの血が入ったタニノシスターと、近年のカントリー牧場牡馬での最高傑作タニノギムレットをつけて生まれたのがウオッカだった。そこに、現在の日本競馬で主流となっているサンデーサイレンスの血は入っていない。ただ、日本の伝統の血であることは、確かだ。
そして、ウオッカの繁殖相手にもサンデーの血を取り入れていない。海外に出て、敢えて重い血を取り入れている。Sea The StarsやFrankelなどは、欧州では主流かもしれないが、日本では重くて思ったほど活躍馬を出していない(Frankelは出しているが)。日本の伝統的な牝系に、欧州のアーバンシーといった主流となっている牝系と融合させる。今すぐ結果が出るものではないが、今後日本の競馬がより世界と渡り合う時、このことが必要となるかもしれない。
日本でサンデー系と種付けして生まれた子供を見たかったという声もわかる。実際、サンデーの血が入っていないウオッカの産駒は、総じて大柄で、キレがあるのが少なく、重賞は勝っていない。
ただ、敢えてサンデー系をつけなかった決断が、この後サンデー系が飽和した日本競馬界で活きる。ウオッカの血が宝物となる。自分はそう信じている。
「(ウオッカを)割ったら弱くなるだろ」
そういって、ウオッカには冠名のタニノをつけなかった。
その名の通り、ウオッカは強く、人を酔わせる馬となった。
ウオッカの高いスピリッツは受け継がれるだろう。競馬に情熱がある限り。
お悔やみを申し上げます。