オグリキャップをもう一度

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船橋から世界へと通ずる道

船橋競馬場の馬房で生まれた馬がアメリカ遠征をした。それも、ワシントンインターナショナルというビッグレースに。
昔見た競馬の本にそんなことが書いてあって、驚いた記憶がある。
その馬の名はタカマガハラ。
生まれは長野県の霧ケ峰牧場となっているが、当時の船橋競馬場で競走馬が不足していたので、タカマガハラの母クモゼキはタカマガハラを受胎していた状態で船橋競馬場で走っていたというのである。そのため、実際は船橋競馬場の馬房で生まれたというのだ。

タカマガハラは1959年川崎競馬場でデビュー。
しかし、3歳時(当時の馬齢表記。現在の馬齢表記では2歳)はオンスロートに負けてばかりの成績だった。
4歳となってJRAに移籍し、日本ダービーにも出たものの10着。その後も4歳時は1勝のみの大した成績をあげられなかった。
それが、5歳になって変貌。重賞を勝ち、天皇賞(秋)ではJRA入りしてきたオンスロート相手に優勝。有馬記念でもオンスロートに先着しての2着と、日本でも有数の名馬となった。
そして6歳時にワシントンインターナショナルへ挑戦。10着に負けたものの、当時戦後から高度経済成長と突き進んでいた日本の時代背景そのままに、船橋競馬場の馬房からアメリカの国際レースに挑戦できるんだという夢を抱かせてくれるものだった。

 

その後、日本の競馬界は世界に通ずる馬をつくろうと努力し、世界のビッグレースへの挑戦は続いていった。
1990年代後半にもなると、海外の主要レースで勝負になる日本調教馬が次々と生まれるようになる。
ただ、そのほとんどはJRAで調教された馬。
費用も考えると地方調教馬が海外へ挑戦するのは困難であるのは間違いなかった。
そんな中、ドバイワールドカップに挑戦した地方馬がいた。アジュディミツオーである。
アジュディミツオー船橋競馬の名伯楽・川島正行師が調教した馬。当時日本のダート界最強馬の誇りを胸に挑戦し、6着となった。
船橋競馬からだって世界と互角に渡り合える馬はつくれる。ミツオーの挑戦は当時南関競馬ファンだった自分としては頼もしく思えた。

 

もうすぐ、今年のケンタッキーダービーが始まる。
今年は日本からクラウンプライドが出走する。
クラウンプライドはJRA調教馬であるが、その血統は船橋競馬に大きくかかわりのあるものだ。
祖母エミーズスマイル船橋競馬場の出川龍一厩舎にも所属していた馬。船橋競馬所属でありながらアネモネSに勝ちJRA桜花賞にも出走した馬である。
クラウンプライドの母エミーズプライドもまた船橋競馬所属の馬であった。所属先は、アジュディミツオーを手掛けた川島正行師の息子である川島正一師。
クラウンプライドには船橋から様々な挑戦をした人たちの血が流れている。

今年のケンタッキーダービーはハイレベルの混戦だ。
だが、日本のダート界もレベルアップしている。特に今年の3歳勢はこれまでのレースを見るとレベルが高いように思える。
それに、昨年のBCディスタフではマルシュロレーヌが歴史的偉業を成し遂げた。
クラウンプライドがケンタッキーダービーを勝つ可能性は決してないわけではない。
船橋競馬所縁の血が世界で羽ばたく。
やはり南関東競馬好きの自分としては、そんな夢のような瞬間も見てみたい。