オグリキャップをもう一度

競馬好きの行政書士が競馬について気ままに書くブログ 馬主申請の代行も行っております

挑戦者の血

無敗の米三冠馬ジャスティファイ。産駒が大活躍し、世界的に系統を確立しつつあるエーピーインディ。そして、サンデーサイレンス
1935年から始まった、ケンタッキーダービーへの最重要ステップレースであり、幾多の名馬を輩出した伝統のレース。それが、サンタアニタダービーだ。

そんなサンタアニタダービーに、大井競馬場所属のマンダリンヒーローが挑戦する。
その報道の際、以下のような意見を、少なからず目にした。
地方馬が海外で好走できるわけがない」
「恥さらしになるだけだからやめた方がいい」

自分も、さすがに勝つのは難しいとは思っていた。
ただ、挑戦すること自体は素晴らしいことだと感じた。
マンダリンヒーローが所属する大井競馬場サンタアニタパーク競馬場は友好交流を結んでいるという関係である。そのため、条件を満たせばサンタアニタダービーに出走できることになっている。
また、サンタアニタパーク競馬場にはTCKステーブルという大井の馬主が使用することのできる馬房もある。
なので、大井競馬所属の馬がサンタアニタダービーに挑戦する環境自体は整っている。
とは言っても、3歳春という成長途上の時期に海外遠征するのは、想像以上に過酷だ。
それでも夢を追い求めるマンダリンヒーロー陣営の挑戦には拍手を送りたかった。

マンダリンヒーローの挑戦の結果は、ハナ差の2着。
前述の恥さらしなって意見もなんのその。あわや快挙を成し遂げるという大健闘だった。

そんなマンダリンヒーローの3代前の母がCertain Secret。その仔にクロフネミステリーという馬がいる。
クロフネミステリーは、今ほど日本馬の海外遠征が盛んではなかった時期に、アメリカ競馬に挑戦して3着になったこともある馬であった。
マンダリンヒーローにもクロフネミステリーにあったような挑戦者としての血が受け継がれているのかもしれない。

ポイント上ではマンダリンヒーローのケンタッキーダービーへの出走は難しいが、可能性自体は残っている。
仮にケンタッキーダービーへの出走が叶わなくても、プリークネスSなら出られる可能性が高い。
挑戦し続ければ、地方馬であってもダート競馬の最高峰であるアメリカクラシックレースで勝負できる。
そんな夢が実現されるところを見てみたい。

エフフォーリアと心房細動についてのお話

エフフォーリアが京都記念で心房細動を発症し、競走中止
結果的に競走生活を引退することとなった。

 

競馬をやっている人なら心房細動という言葉を聞いたことがあるだろう。
簡単に言えば、心臓で血液を送るための電気信号に異常が発生し、心室にも流れるはずの電気信号が心房のみに流れ、血液が身体にうまく行き渡らなくなる状態のことをいう。
血液が身体にうまく行き渡らないから、ガス欠をおこす。そのため、レース中に心房細動となった馬は、急激に失速する。

 

馬の心房細動は、人の心房細動と違う点がある。
ひとつは、発症するケースのほとんど(すべてといっていい)がレース中であること。
もうひとつが、9割がすぐに治ることである。
そのため、心房細動になった馬でも、その後活躍するケースは結構ある。

 

そんな心房細動になる原因というのは、完全には解明されていない。
ただ、短距離でなる馬が少なく、発症する馬はほとんど中・長距離のレースを走っているときであること、人間はストレスや不規則な生活でなりやすいことから、心身ともにある程度長い時間心臓に負担がかかることでなるものだと考えられる。
また、ラットの実験で解明されたことであるが、心房細動になるのは心臓が大きい個体の方が多いということだ。おそらく電気信号が心房のみに流れるバグというのは、心房にそれなりの大きさがないと起こりにくいからだと思われる。
(漫画のマキバオーでほぼこれと同じことが解説されていたので、やはりあの漫画は偉大である)

ちなみに、心臓の大きさと競走能力というのは大きな関係がある。心臓が大きい方が、一般的に競走能力が高いというのがビッグデータ上でも示されているのである。
そうなると、心房細動になるのは競走能力の高い馬の方がなりやすいことになる。確かに、発症率の割に心房細動になったと聞くのはレベルの高いレースの方が多い気がする。
また、単純に心臓の大きさと馬体の大きさは比例しやすいので、身体が大きい馬の方がなりやすいのだろう(大型馬の方が、競走能力が高いという意味ではないことに注意)。
昔のネーハイシーザー菊花賞で心房細動を発症したが、のちに天皇賞(秋)を勝利。ソーヴァリアントはオールカマーで心房細動となったが、続くチャレンジカップは勝利。有馬記念馬ブラストワンピースも心房細動となったことがある。いずれも馬体重が500キロ近くある大型馬だ。
そして、エフフォーリアもまた競走能力の高い大型馬だ。

だからというわけではないが「心房細動明けの馬は買い」という格言もある。心房細動になれば見かけ上の着順が悪くなって人気は少しなくなるのに、すぐ治って身体面の影響は少ないうえに競走能力の高さが担保されているので、配当的旨みが出るからであろう。

 

だが、エフフォーリアは引退することにした。
心房細動になる原因が完全には解明されていないことから断言はできないが、今回はストレスによる可能性が高いからであろう。
前述したが、一般的に馬の心房細動はすぐ治るうえに、身体的な影響はまったくといっていいほどないと言われている。
しかし、精神面でその後走るのをやめてしまうようになる馬もいるらしい。
古馬となったエフフォーリアは、何が影響かわからないが、走りに前向きではなかった。闘志を引き出そうと、有馬記念では入念な本馬場入場を行ったほどである。
有馬記念で少し光が見えた中での、今回の心房細動。精神面を考慮すると、ここで引退の方がいいという判断なのだろう。

 

復活を期待していた身としては、寂しくもある。
共同通信杯で見せた強さは忘れることがないだろう。だから皐月賞有馬記念では自信を持って本命にすることができたし、その期待に応える強さを見せてくれた。
コントレイルに勝った天皇賞(秋)はエフフォーリアの時代が到来したと思わせるほどの強さだった。
古馬になって負けを重ねたが、3歳時に見せた強さが色あせることはない。
たくさんの「強い幸福感(エフフォーリア)」を競馬ファンに見せた名馬である。

 

だから、感謝の気持ちで送り出したい。
競走馬生活お疲れ様でした。
その後の馬生が強い幸福感で満たされますように。

新年のごあいさつと提言めいたもの

あけましておめでとうございます
本年も当ブログをよろしくお願いいたします

 

昨年は思うように記事を書くことができませんでしたが、今年は様々なことを発信していけたらと思います。

 

さて、今年最初のブログ。
間違いなく、今年、来年は日本競馬界にとって大きく変わる一年になります。それは、地方とJRAでの統一したダートクラシック路線の2歳戦が始まるから。
地方競馬好きとしては、この改革自体、正直心から喜べるものではありません。
他方で地方競馬関係者や地方競馬のみの馬主にとってチャンスとなる可能性もあります。賞金の高いレースが増えるのですから。
ただ、この改革が成功するには、そして、地方競馬関係者がチャンスをつかむには、まだまだ課題が山積みでもあります。
ということで、今回は新年一発目として提言めいたブログを書こうと思います。1月1日の社説みたいな感じですかね。
しばらくお付き合いください。

 

JRAとNARの統一的なダートクラシック路線設立と、ダート路線全体の再編成。これの主目的は、地方交流重賞の国際格付け化にあります。すなわち、数年後のJpn格付けの廃止です。
現状、地方交流重賞は、国内でこそ重賞扱いですが、世界的には東京大賞典以外制限付きリステッド競走扱いです。そうすると、国際的には日本のダート競走の評価はなかなか高くなりません。
そこで、地方交流重賞の国際格付けをすることで、日本のダート競馬全体の評価を上げようということです。
とはいえ、国際格付けを得るのも簡単ではありません。レーティングなどの問題があります。
また、レーティングを上げるにもレースのレベルを向上しなければいけない等課題があります。レースレベルを上げるには、ただJRAの強豪馬が出るだけでは意味がなく、地方からもJRAの強豪と互角に渡り合える馬が複数出走しないといけません。
人の技術ではJRA以上の地方競馬ですが、いかんせん施設の充実度ではJRAに敵いません。賞金もJRAの方が圧倒的に高いです。
そのため、素質があると思われる馬はまずJRAに入厩してしまいます。年間生まれる馬の半数以上がJRAに入厩し、そこから漏れた馬が地方競馬に行くというのが現実です。例外はあるにせよ。
だから、競馬法を改正して、JRAの売り上げの一部を地方競馬の施設拡充に使えるようにしたわけです。

賞金を上げ、施設が良くなれば、素質のある馬も地方競馬に入る。これによって強い地方馬が生まれやすくなり、ダートグレード競走のレベルも上がり、地方競馬が盛り上がり、売り上げも賞金も上がり、そこで地方馬が勝って高額賞金を得る。その好循環を繰り返して地方競馬界全体に広める。理想はこのサイクルです。そうなれば、地方競馬好きの自分にとってもいい改革になったと思うわけです。
そうなればいいんですけど、課題はやはりあります。

まずは、地方競馬で強い馬を育成するにはある程度の素質馬を入厩させないといけないのですけど、実際は馬房がいっぱいであること。
先ほど生産された馬の半数以上がまずJRAに入厩すると書きましたが、地方競馬への転入等で実は地方競馬に入厩させるのも簡単ではないという実情があります。
ならば馬房を増やせばいいではないか、施設拡充する資金は出るのだからそれで拡充すればいいではないか、と思われるかもしれません。場所と施設に関しては、どうにかなるかもしれません。
しかし、もう一つ足りないのがあります。それは、人手です。地方競馬では騎手や厩務員等全体的に人材が減少しています。馬房を増やしても、世話をすることができる人がいなければ無意味です。そして、現在馬業界全体で人手不足になりつつある状況となっています。

理由はいろいろあると思います。危険が伴う体力的にもきつい肉体労働。金銭的な問題。休みが取りにくい労働環境。特殊な馬社会での人間関係等々。ここを解決しなければ、結局人手がいる一部大手が新たに賞金を稼ぐ場を見つけただけにすぎないことになります。
地方競馬間でのレベル差、環境の差もあります。
また、レベルが上がることによって、今までいた安くて競走能力はそれほどない馬を入厩させにくくなって、却ってコストが低いから地方競馬の馬主になっていた人が遠ざかる可能性もあります。
結果的に、地方競馬全体が、単なるJRAの下部組織になってしまう可能性もあります。
そうならないために地方競馬関係者が知恵を出し合っていいアイデアを、魅力ある競馬づくりを実行しないといけないのですが、正直上から決められたことをさせられている感じしかしないのが残念です(現場は頑張っていますが)。

そして、上記課題は、地方競馬のみならず、JRA、いや、日本競馬界全体にも関わることです。
特に、人手不足。この問題をどうにかしないと、日本競馬界は緩やかに衰退していくと思います。

だから、自分としては、今後馬と触れ合いやすい社会にし、より日本に馬を扱うことができる人を増やす、労働条件等契約面でサポートする、海外から質のいい人材を紹介する等々、競馬に関する業務をおこなっている行政書士としてできることをしていきます。

馬と人にとってより良い社会になるために。

競馬は難しい。から、

競馬って難しい。
と書くと、馬券が当たらないから難しい、と思う人も多いだろう。
確かに、ギャンブルの観点からも、競馬は難しい。実際、8日からの三連休、自分は当たらなかったし。

ただ、今回競馬は難しいと感じたのは、ギャンブルの話ではない。馬という、人とは異なる生き物を扱うことについてである。

 

毎日王冠は、レッドベルオーブの逃げで進んだ。
ただ、その逃げは、暴走しそうな馬を必死になだめる形でのものだった。
結果的にレッドベルオーブはスタミナをロスし、大敗。この騎乗には、前走の伏線となった逃げ切り勝ちも含めて、いろいろな意見が噴出している。
毎日王冠の前走、小倉日経オープンを大逃げで逃げ切ったレッドベルオーブ。怪我もあった素質馬の嬉しい久しぶりの勝利であったが、このレースぶりには批判もあった。すなわち、これまでは気性的に難しいレッドベルオーブをなだめるよう勉強させながらレースをしていたのに、今回の逃げで今までの苦労が無駄になってしまった、と。
気性面で問題がある馬が、抑える勉強をしていたのに、矯正途上で一転自由に逃げさせたら、もう抑えることなどできなくなる。
だから、レッドベルオーブはもう自由に逃げるしか選択肢がなくなってしまった。

馬も人も、互いに何となく状況を知らせることはできる。
ただ、お互い違う生き物だ。人同士でさえ意思の疎通は誤解等招くことがあるのだから、馬と人とではすべて理解させて教え込むというのは無理だ。
長く教えて積み上げたものを崩すのは、ほんの一瞬。
そこに、競馬の難しさがある。

とはいえ、逃げの選択を責めるのも酷だ。
競馬は「次勝てる」と思っても、怪我等でその「次」がないこともある。勝てるときに勝てないと、もう勝利の女神に見放されることなんてざらにある。
だから、とにかく勝てるレースをしよう。
少なくとも勝った方が未来はある。崩れた先に別の未来があるかもしれないのだし。

勝ったサリオスは、一度崩れた馬だと思っていた。
それが、完全に立ち直った。
サリオスを復活させた陣営の努力は並大抵のことではなかったと思う。馬を扱うのが難しいのだから。
やはり競馬は難しい。
だからこそ、勝利の味は格別なのかもしれない。

彼女はロンシャンの芝を飛ぶように駆け抜けた

なんて軽やかに走っているのだろう。ロンシャンの芝は重いはずなのに。
凱旋門賞の直線を見て思った。
力強く割ってやってきたヴァデニ。外からは「猛然と」という言葉がふさわしいように追い込んでくる前年覇者トルカータータッソ。
そんな重い馬場に抵抗するかのようにやってくる馬とは対照的に、勝ったアルピニスタは、軽やかに、まるでスキップしているかのようにゴール板を駆け抜けていた。
速い。強い。そして、美しい。

アルピニスタを管理するプレスコ師曰く「操縦性も良く、重い馬場も不問」というオールマイティーさ。近親を見れば、欧州での活躍馬が並ぶ良血でもある。
その牝系を辿れば、Mumtaz Mahalの名があらわれる。NasrullahやMahmoudの祖母、Royal Chargerの曾祖母であり、自身も「Flying Filly」と呼ばれた快速牝馬である。現代の競馬で最もスピードを伝えている血といっても過言ではない。
その直系はいまでも活躍馬を輩出しており、欧州では凱旋門賞を勝ったZarkava、日本でもホクトベガスマートファルコンなどがいる。
このように書くと、快速牝馬、スピードを伝える血でありながら、代を経るとスタミナやパワーを持った馬が多くなっているようにも思える。おそらくスピードを基盤とした上で、スタミナやパワーといった要素も代々重ねられていったからであろう。
ちなみに、実はタイトルホルダーもこの牝系。今回は残念だったが、スピードとスタミナを兼ね備えた馬である評価に変わるところはない。

雨のロンシャン

レース直前。
振り出した大雨に
「今年も厳しいか」
と思ってしまった人は多いかもしれない。
凱旋門賞ロンシャン競馬場
フランスの美しき風景とは裏腹に、過酷なレースが繰り広げられる。
沈み込むような土壌。脚に絡みつく草根。降雨により重たさを増す馬場。そして、高低差の激しいコース。
結果的に、挑戦した日本馬4頭は、大敗を喫してしまった。

 

そうなると、毎回SNS等で見られるのが、凱旋門賞の馬場適性論。
確かに、ロンシャン競馬場改修後で馬場はさらに重くなったようにも思える。自然任せで、走りやすさなどない。より安全で走りやすくといった日本の芝コースとは正反対の方向の馬場ともいえる。
だから、日本で強い馬ではなく、馬場適性のある馬で挑戦すべきだ、と。

ただ、最低限の走力は必要だ。
そしてなにより、馬場適性があるなんて誰がわかるというのだ。
例えば、凱旋門賞のあとにおこなわるフォレ賞で二年連続3着だったエントシャイデン。彼の血統を見て、ロンシャンの芝の馬場適性があるなんて思う人はいないだろう。
骨格やフォーム含めての適性であるのは間違いないが、そのためには実際走ってみないとわからない(見ればある程度はわかるかもしれないけど)。
さらに、日本とフランスの気候や土壌が違う以上、ロンシャンの馬場に向くためのフォームを日本で作り上げるのはほぼ不可能に近く、それでもつくりあげようというのは、かえって馬に無理な負担をかけてしまうことになる。
なら欧州で長く走らせて、というのが一番現実的だが、莫大な費用がかかるのも事実だ。フォームが変わることによるデメリットだってある。
だから、挑戦し続けるしかない。

 

よく見られる「ダート馬を連れて行け」という言説には批判も多いが、個人的には「ダート馬を連れていけ」はともかく、「ダートでも芝でも強い馬を連れていけ」は正しいと思う(クリンチャーでそれは正しくないという人はいるが、そもそもクリンチャーは当時能力を発揮できる状態ではなかった)。エルコンドルパサーはデビューからダートで圧勝していたし、オルフェーヴルは産駒実績で隠れたダート適性があったと示している。
芝やダートなんて関係ない、どんな馬場でも走れるくらい強い馬を生産しよう、ということだ。
そこには適応力も含まれよう。過酷な坂にも耐えられるスタミナも必要だ。
挑戦して努力して、そういった馬をつくりだしていけばいい。

 

まとまりなく書いていったが、さらにまとまらずにもう少し。
馬場適性の話は書いたけど、おそらく多くの人が思うロンシャンに向く馬というのは、トルカータータッソなのだと思う。それは間違いないのは事実だ。今年も重い馬場をなんのそのという感じで追い込んできたのだから。
ただ、勝ったアルピニスタはそれ以上だったと思う。本当に重い馬場なのかと思うくらい、彼女は軽やかに走っていた。
だから、本当に適性があるというのは、アルピニスタのような馬なのかもしれない。
また、ジャパンカップでも凱旋門賞でも5着だったグランドグローリーだっている。
単純な「適性」だけでは片づけられない要素はいろいろとあるような気がしてならないが、それを書くとまとめきれないので割愛。

 

強い馬をつくる。
その理想を掲げて努力し続ける以外、凱旋門賞を勝つ道はないと思う。
その道のりは遠いかもしれないけど、案外近いかもしれない。
アメリカのダートG1を日本馬が勝てたように。

船橋から世界へと通ずる道

船橋競馬場の馬房で生まれた馬がアメリカ遠征をした。それも、ワシントンインターナショナルというビッグレースに。
昔見た競馬の本にそんなことが書いてあって、驚いた記憶がある。
その馬の名はタカマガハラ。
生まれは長野県の霧ケ峰牧場となっているが、当時の船橋競馬場で競走馬が不足していたので、タカマガハラの母クモゼキはタカマガハラを受胎していた状態で船橋競馬場で走っていたというのである。そのため、実際は船橋競馬場の馬房で生まれたというのだ。

タカマガハラは1959年川崎競馬場でデビュー。
しかし、3歳時(当時の馬齢表記。現在の馬齢表記では2歳)はオンスロートに負けてばかりの成績だった。
4歳となってJRAに移籍し、日本ダービーにも出たものの10着。その後も4歳時は1勝のみの大した成績をあげられなかった。
それが、5歳になって変貌。重賞を勝ち、天皇賞(秋)ではJRA入りしてきたオンスロート相手に優勝。有馬記念でもオンスロートに先着しての2着と、日本でも有数の名馬となった。
そして6歳時にワシントンインターナショナルへ挑戦。10着に負けたものの、当時戦後から高度経済成長と突き進んでいた日本の時代背景そのままに、船橋競馬場の馬房からアメリカの国際レースに挑戦できるんだという夢を抱かせてくれるものだった。

 

その後、日本の競馬界は世界に通ずる馬をつくろうと努力し、世界のビッグレースへの挑戦は続いていった。
1990年代後半にもなると、海外の主要レースで勝負になる日本調教馬が次々と生まれるようになる。
ただ、そのほとんどはJRAで調教された馬。
費用も考えると地方調教馬が海外へ挑戦するのは困難であるのは間違いなかった。
そんな中、ドバイワールドカップに挑戦した地方馬がいた。アジュディミツオーである。
アジュディミツオー船橋競馬の名伯楽・川島正行師が調教した馬。当時日本のダート界最強馬の誇りを胸に挑戦し、6着となった。
船橋競馬からだって世界と互角に渡り合える馬はつくれる。ミツオーの挑戦は当時南関競馬ファンだった自分としては頼もしく思えた。

 

もうすぐ、今年のケンタッキーダービーが始まる。
今年は日本からクラウンプライドが出走する。
クラウンプライドはJRA調教馬であるが、その血統は船橋競馬に大きくかかわりのあるものだ。
祖母エミーズスマイル船橋競馬場の出川龍一厩舎にも所属していた馬。船橋競馬所属でありながらアネモネSに勝ちJRA桜花賞にも出走した馬である。
クラウンプライドの母エミーズプライドもまた船橋競馬所属の馬であった。所属先は、アジュディミツオーを手掛けた川島正行師の息子である川島正一師。
クラウンプライドには船橋から様々な挑戦をした人たちの血が流れている。

今年のケンタッキーダービーはハイレベルの混戦だ。
だが、日本のダート界もレベルアップしている。特に今年の3歳勢はこれまでのレースを見るとレベルが高いように思える。
それに、昨年のBCディスタフではマルシュロレーヌが歴史的偉業を成し遂げた。
クラウンプライドがケンタッキーダービーを勝つ可能性は決してないわけではない。
船橋競馬所縁の血が世界で羽ばたく。
やはり南関東競馬好きの自分としては、そんな夢のような瞬間も見てみたい。