オグリキャップをもう一度

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スポーツの祭典とファインポート

東京オリンピックが終了した。
種々のゴタゴタに加え、コロナ禍においてスポーツの祭典たるオリンピックを開催する意義はあったか、など問題もあったかもしれないが、開催してからは大きな事件もなく、日本勢のメダルも相まって、開催したのは悪くなかったのではないか、という想いはある。
何より、オリンピックに向けて鍛錬を積んだ選手の皆様、その努力と奮闘ぶりには拍手を送りたかった.。

オリンピックと馬の話を少々。
オリンピックに競馬はないが、馬術はある。
馬場馬術での普段は見られないような馬の動き。人馬一体となったときの美しさ(残念な事案も見られたが、それについては割愛)。
今回、総合馬術で戸本一真選手が4位入賞、障害馬術で福島大輔選手が6位入賞と、馬術では89年ぶりに日本勢が入賞を果たしたのも注目を集めた。
今回のオリンピックで馬術に興味を持った人も増えたのではないか、と思う。

 

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オリンピックの盛り上がりの裏で、JRAの新潟開催では先週、今週と、最低人気の馬が複勝圏内に入って荒れるという事態が起こった。
関越Sのソッサスブレイに、メイクデビュー新潟のカブラヤジョウ。
実は、この2頭には共通点がある。それは、いずれも曾祖母がライフポートであることだ。
ライフポート。全姉が東京3歳優駿牝馬(当時。現在では東京2歳優駿牝馬)、桜花賞関東オークスを制した名牝グレイスタイザン、自身は川崎競馬の下級条件ながら6戦6勝の無敗で競走生活を終えるという、知る人ぞ知る名牝。母としても東京3歳優駿牝馬桜花賞を制したダイアモンドコアを出すなど優秀だった。

そんなライフポートの血で忘れてはいけないのが、ファインポートの存在である。
ファインポートJRAで言うとテンポイントトウショウボーイグリーングラスなどと同世代。4歳時(現在でいう3歳時)に当時は3000mであった東京大賞典に出走し、ダートでありながらその年のグリーングラスが勝った菊花賞より早い時計で勝っている。
地方競馬の馬で良血牝馬が集まらなかっただけでなく、牝馬の好みが限定されていたうえに、繁殖能力があまりなかったことから、産駒は少なかったが、重賞勝ち馬を輩出するなど、能力の高さは伝えていた。
そんなファインポートの仔だから、ライフポートの血は粘り強く活躍しているのだろう。

 

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ファインポートの血は、実はオリンピックにも関係がある。
ファインポートの牝系を辿ると、小岩井農場の基礎繁殖牝馬の一頭であるプロポンチスという牝馬に行きつく。
プロポンチスの孫にアスコットという馬がいた。天皇賞の前身である帝室御賞典を勝つほどの名馬であったが、引退後、ベルリンオリンピック馬術競技に出場している。乗っていたのはその前のロサンゼルスオリンピックで金メダルをとった「バロン西」こと西竹一。
結果は12位だったが、西からさらに馬術用の馬として訓練すれば金メダルが取れるくらいになると、その素質を評価された。
ただ、1940年に行われるはずだった東京オリンピックが幻に終わり、その後の第二次世界大戦等の戦況悪化により、金メダルをとるという夢はいつしか消えてしまった。
ちなみに、今回のオリンピックで89年ぶりの入賞と書いたが、その89年前がロサンゼルスオリンピックでの西の金メダルというのだから、西の凄さを実感するとともに、今回の入賞が偉業であることが分かる。

 

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オリンピックはスポーツの祭典。
スポーツの語源はラテン語で運搬するという意味の「deportare」と言われている。そこから憂いを運び去る→気晴らしという意味が付与されて、スポーツという言葉ができた。
運搬するという意味のdeportareは、同時に港を意味するportの語源でもある。
ファインポート、すなわち良い港。語源を考えると、憂いを運び去り、楽しみを持ってくる、いかにもスポーツの祭典・オリンピックに相応しい名前とも思える。
さすがに無理があるかもしれないけど、だからオリンピック期間中にファインポートの血を持った馬が活躍したのかもしれない。
そんな感想が運び込まれても、いいのではないだろうか。

叡智の光でゆくてを照らせ ~ブリーダーズゴールドジュニアカップ・シャルフジン~

衝撃が走った。
4月1日の門別競馬場。その日は能力検定試験が行われていた。その第3レースで47秒7という、2歳馬の能力検定試験で歴代最速の時計が出された。
いくら当日の馬場が時計の出やすいものであったにせよ、4月の2歳馬では考えにくい時計だ。しかも、大幅にリードを拡げてのもの。
そんな怪時計をたたき出した馬がシャルフジンだった。父がヘニーヒューズで、半兄がファルコンビーク。それならこのスピードも納得、ということで、道営の怪物候補誕生と騒がれた。

デビュー戦は一番人気に応え、2着に1秒8差をつける圧勝。
それでも能検で見せた走りに比べると、追ってからが物足りないなんて声も聞かれた。

つづく栄冠賞は道中かかり気味に逃げて4着。
スピード能力はあるけど、いろいろと改善しないといけないところはある。多くの人がそんな印象を抱いたかと思う。

だから、1700mに延長する今回では一番人気にならなかった。距離延長を不安視する声が多かった。
それが、終わってみたら番手につけてから直線抜け出し、5馬身差の圧勝。
強かった。

走り方を見ると、跳びが大きいのが特徴の同馬。むしろ距離延長で本領が発揮されたのかもしれない。
血統的にも、サクラチトセオーなどを出しているクレア―ブリッジの牝系。少なくともマイルは大丈夫の血であり、能力の違いがあれば中距離もこなせる。
新馬戦、栄冠賞での走りは、折り合いに気を付ければむしろ距離が伸びても大丈夫ということを表していたのかもしれない。

シャルフジンはドイツ語で「叡智」という意味である。
陣営の叡智が実り、距離延長も大丈夫だということが分かった。
今回の勝利で、シャルフジンのゆくては、明るく照らされる。

ヴァンセンヌを考える

高知優駿は地元生え抜きの意地を見せてハルノインパクトが優勝した。これで黒潮皐月賞に続いて二冠達成。
高知優駿には、大外枠から4着に粘った佐賀の二冠馬トゥルスウィーも参戦していた。
この二冠馬には共通点がある。2頭とも父がヴァンセンヌなのだ。

ヴァンセンヌ。父は言わずと知れたディープインパクト。母はスプリンターズSなどを勝ったフラワーパーク。自身の主な勝ち鞍は東京新聞杯
このように書くと、産駒は基本的に芝の短距離が適しているように思える。
それが、地方重賞とはいえダートの2000mの大きなレースを勝つというのは、意外だ。
もちろん、母方の血の影響もあるとは思う。
ただ、それだけではなぜヴァンセンヌの産駒が2頭も二冠を達成したか、説明しにくい。
なので、なぜヴァンセンヌの産駒で同じ年に2頭の二冠馬が誕生したか、考えてみることにした。

 

①遺伝子的見地
動物にはミオスタチン遺伝子という筋肉の増加を抑制する遺伝子がある。
サラブレッドの祖先は筋肉の増加を抑制しやすいミオスタチン遺伝子T型しかもっていなかったという(これは父方を辿っての研究であり、母方には筋肉の増加を抑制しないC型を持っていたという説もある)。このミオスタチン遺伝子T型というのは、筋肉の増加を抑制することから、無駄なエネルギーを使わなくなるので、持久力が高くなることにつながる。
対し、筋肉の増加を抑制しないC型というのがある(サラブレッドでミオスタチン遺伝子C型が検出されたのはニアークティックからというのが通説)。こちらは筋肉が増加しやすいことから、スピードに富むという特徴がある。
そして、遺伝子というのは対になっているため、TT型、CT型、CC型の3種が存在することになる。近年の研究ではざっくり言ってTT型が長距離馬、CT型が中距離馬、CC型が短距離馬になりやすいという結果が出ている。
ディープインパクトミオスタチン遺伝子は半ば公表されており、TT型であるとされている。つまり、長距離型だ。
ディープインパクトが長距離レースでそこまで強くないのは、非力であり別のスタミナを消費してしまうからというのと、その非力さを補うためにCC型の繁殖牝馬と種付けするから、というのが推論としてある。とはいえ、少なくとも産駒はCT型であり、中距離までで活躍した馬であっても仔にはT型が遺伝する可能性はある。
つまり、ヴァンセンヌもおそらくCT型であり、仔にT型が遺伝すればスタミナがある馬になりやすくなる。
なので、母方によってはパワーのある長距離馬が生まれるのである。
※あくまでこのような傾向があるという話であり、TT型が絶対短距離では勝てない、CC型が絶対に長距離では勝てないというわけではない。

 

②母方の話
ディープインパクト産駒で走った馬の血統を見ると、母の父がほとんどアルファベット表記orクロフネキングカメハメハであることに気づく。つまり、母の父は外国馬か、海外からの持ち込み血統であるということだ。
おそらく多くはCC型orCT型の繁殖牝馬であり、ディープインパクトに不足しているパワー的スピードを補うためにつけられたものばかりであろう。
そんな中、ヴァンセンヌの母の父はニホンピロウイナー。日本で生産され、安田記念などを勝ったスピード馬であった。
種牡馬としても活躍したが、産駒もフラワーパークやヤマニンゼファーなど短距離、長くて2000mまでという馬が多かった。
しかし、ニホンピロウイナーからは菊花賞3着となるメガスターダムも出ており、単純な短距離馬しか出さない種牡馬ではなかった。
おそらくその一因となっているのは、ニホンピロウイナーの牝系にあろう。
フロリースカツプ。小岩井農場の基幹牝馬であり、コダマやスペシャルウィークウオッカなどクラシックホースを輩出している牝系だ。近年ではレイパパレがこの牝系の出であり、先日そのことをブログに書いた。

これだけクラシックを勝つ馬を出しているのだから、スタミナがある血も持っているのだろう。
母の父ニホンピロウイナーだからと言って、その産駒がすべて短距離馬になるわけではない。

 

以上のことを考えると、ヴァンセンヌからはイメージとは違ってスタミナがある産駒も出てくるということになる。
同じ年に2頭の二冠馬が生まれたのは奇跡に等しいが、種牡馬にはよく走る馬が多いヴィンテージイヤーみたいなものがある。タイミングがうまくはまったのだろう。
今後もヴァンセンヌの産駒が走るかはわからない。おそらく繁殖牝馬の質によるだろう。
ただ、走る可能性はないとはいえない。
ディープインパクト×母方に日本古来の血が入っているという種牡馬は珍しいので、地道に実績をあげて、頑張ってもらいたい。

九州産馬という選択肢

以前、トキノノゾミがたんぽぽ賞を勝った際に、九州産馬について少し書いたことがあります。

そうしたら、今年の3歳は九州産馬が大活躍。
フェニックス賞を勝ち、重賞のフィリーズレビューや葵Sで2着となったヨカヨカを筆頭に、福島2歳Sを勝ったルクシオン、そして、6月16日に行われた関東オークスで5着に入ったネイバーアイランドなどがいます。

九州産馬は北海道産に比べて血統面等からそこまで高額になりません。
そのうえ、九州産馬限定レースもあり、勝ちやすくなっているレースもあります。
地方競馬でもレベルが高い道営や南関東でデビューさせて、のちに佐賀競馬へ、という使い方もあります。
歴史に名を残すような名馬を、となるとかなり難しいと思います。しかし、購入代金くらいの賞金は稼ぎたいというのなら、九州産馬はむしろ北海道産よりも楽かもしれません。

 

そんな九州産馬のセール「九州1歳市場」が6月22日に行われます。
3年前はトキノノゾミ、2年前はヨカヨカも出たセールです。
高くても500万円くらいと、北海道のセールに比べたらリーズナブル。
馬主になりたい方は、大きく損をしたくないのなら、九州産馬も選択肢の一つに入れるべきでしょう。

最初のキングはファイナルキングに

今年から重賞となった若潮スプリント。初代キングになったのはファイナルキングでした。

初代なのにファイナル。

 

スピードを活かしての見事な逃げ切り勝ち。

ではそのスピードの源は、と考えると、やはり血統にあるような気がします。

サウスヴィグラスは言うまでもなくダート短距離界のトップ種牡馬。母ゴールドキャヴィアは桃花賞や雲取賞、優駿スプリントなどを制した快速牝馬。両親のスピードをうまく引き継いだのでしょう。

加えて、サウスヴィグラス産駒の走る馬に多い、母が多くのインブリード持ち+Danzig持ちでもあります。

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ゴールドキャヴィアの5代血統表(引用:netkeiba)

サウスヴィグラス自身が強いインブリードを持っていないので、母がインブリードを多く持っていれば、緊張と緩和で走る産駒が増えるという理論です。それと、Danzigはパワーとスピードを兼ね備えた種牡馬であったので、サウスヴィグラスによく合うということでしょう。

 

母ゴールドキャヴィア自体も、競走成績同様繁殖としても素晴らしく、半兄のキングキャヴィアも南関東のスプリント戦で活躍しております。

そう考えると、走るべくして走ったのだと感じます。

次なる目標は、もちろん優駿スプリント。半兄3着の無念を晴らし、そして、母子制覇を成し遂げることができるか、注目したいです。

ライスシャワーはずっと「ヒール」ではなく「ヒーロー」だった

天皇賞(春)と聞くと、やはりライスシャワーのことを思い出してしまう。

メジロマックイーンの三連覇を阻んだ1度目の勝利。2年間勝てなかったライスシャワーが早めに捲り、ステージチャンプをハナ差凌いで復活した2度目の勝利。ともに思い入れが深い。

ミホノブルボンの無敗の三冠を阻止した菊花賞も含めて淀の長距離戦は3戦3勝。名ステイヤーだった。

 

最近では「ウマ娘」の影響もあり、再び脚光を浴びているライスシャワー。そんなライスシャワーウマ娘でこんなセリフを述べていたらしい。

「ライスはヒールじゃない。ヒーローだ」

ミホノブルボンの無敗の三冠という偉業を阻み、さらにはメジロマックイーン天皇賞(春)三連覇という偉業をも阻んだ。小柄で黒い馬体、相手をマークし最後に差すレーススタイルで「黒い刺客」と呼ばれていたことから、ヒールとしてのイメージが定着してしまったのだろう。

そのことに関して、血統評論家の田端到さんがnoteで興味深い記事を書いている。

note.com

今回は、あくまで自分の当時抱いていた感想が中心となるが、田端さんの記事の補足(補足というのもおこがましいが)のようなことを書いてみる。

 

まず、ライスシャワーを語るうえで欠かせないのが、ミホノブルボンという馬である。

当時のJRAは「西高東低」がはっきりと表れてきた時代だった。その象徴といえるのが、ミホノブルボンだった。

ヒールであるライスシャワーに三冠を阻まれたということでミホノブルボンはずっとヒーローだったと捉える人は多いと思うが、実はミホノブルボンも最初からヒーロー扱いされていたわけではなかった。三冠に向かう春初戦となったスプリングSでは、無敗の3歳(当時の表記。現在でいう2歳)チャンピオンでありながら、ノーザンコンダクトに1番人気を譲っていたのだから。血統的には短距離馬、名門の良血馬にクラシックでは勝てない、なんて声が多かった。

また、西高東低以前は競馬の主流だった関東では、多くのファンから打倒ミホノブルボンを期待され、「関東最後の砦」といわれた馬が何頭が出てきていた(最後の砦が何頭もいたというのもなんですかね)。オンエアー、エアジョーダン、アサカリジェントなど。

しかし、関東最後の砦といわれた馬たちはレースで敗れたのちに怪我で戦列を離れ、対照的にミホノブルボンは勝ち進んでいく。血統的に短距離馬といわれたミホノブルボンがクラシックでも勝ち進んでいった理由として、当時は栗東にしかなかった坂路調教の存在がクローズアップされる。こうして坂路調教で鍛えられたミホノブルボンは、強くなった関西馬勢の象徴となっていくのである。

ミホノブルボンの無敗の二冠がかかった東京優駿は、関東で行われるにもかかわらず「関東最後の砦」といわれた馬たちは出走できず、専らミホノブルボンの敵は血統的な距離の壁といわれた。結果はミホノブルボンが距離の壁を打ち破って二冠達成。ここに、限界をトレーニングで打ち破るという新たなヒーローミホノブルボンが誕生するのである。

この東京優駿で2着に入ったのが、ライスシャワーだった。当時16番人気。小柄で地味な馬ではあったが、関東馬を応援する競馬ファンからすると、希望のように思えたことだろう。

ライスシャワーはその後セントライト記念2着→京都新聞杯ミホノブルボンの2着、そして、菊花賞ミホノブルボンの三冠を阻止するのである。

実を言うと、自分はずっとミホノブルボンのファンだった。ただ、それでもミホノブルボンを破ったライスシャワーの走りは衝撃的であったし、強い馬だと思わせるのには十分だった。

だから、メジロマックイーンの三連覇を阻んだ天皇賞(春)は、自分からすれば当たり前だと思っていた。淀の長距離でならライスシャワーは負けないよ、と。

そして、当時関西馬いいようにやられていた関東馬を応援する競馬ファンからしたら、ライスシャワーはヒーローのように思えたことだろう。

事実、ライスシャワーはこの当時から人気のあった馬だったのだから。

 

その後、2年間勝てないという挫折。それでもライスシャワーは人気があったのが、何よりの「ヒーロー」であった証であろう。

復活を成し遂げた天皇賞(春)だって2年間勝っていないにもかかわらず4番人気だった。

そして、この復活劇は、ミホノブルボンファンもメジロマックイーンファンも喜んだものであった。

 

その後の悲劇も含め、ライスシャワーという馬は自分の中で思い入れの深い馬である。

どのレース関係なしに、ライスシャワーは小柄な馬体で懸命に走り続けた。雨の時も、重い斤量の時も。三冠や三連覇なんて、馬は知る由もない(実は知っているのかもしれないけど)。ただただ一生懸命走るだけである。

誰よりも長い距離で強く、あまりにも短い生涯だったライスシャワー。そのひたむきさ、頑張りを思うと、やはりこう思う。

ライスシャワーはずっと「ヒール」ではなく「ヒーロー」だったと。

アメリカンドリームを掴んだ「最も偉大な2分間」

観客が「My Old Kentucky Home」を歌い、最も偉大な2分間が過ぎ、勝者にはバラのレイが掛けられる。
約5万人と、通常時より人数制限はされたものの、チャーチルダウンズに感動的な光景が戻ってきた。

ケンタッキーダービー。世界中の競馬関係者が最も勝ちたいレースのひとつである。

 

今年の勝者はMedina Spiritだった。1歳時はわずか1,000ドル、2歳時でも35,000ドルで取引と、決して高価ではない馬の勝利。これぞアメリカンドリームである。

広大な土地を持ち様々な地域で生産がなされているアメリカと、馬産地が一極に集中している日本とでは事情が異なるが、可能性だけなら日本でも400万円くらいの価格で取引された馬が東京優駿を勝つこともありうる、ということを示したといえる。そう考えると、改めて夢のある世界だと感じる。

 

Medina Spiritの勝利には、環境面もあげられよう。

管理厩舎であるボブ・バファート師はこれでケンタッキーダービー7勝。名伯楽に預けられたというのも大きい。

そして、何より関係者の強い馬になってもらいたいという想いがあったからだろう。

もちろん、そのような想いは競馬関係者ならだれもが持っている(と思いたい)。そして、そのための努力を皆行っている。

それでも、大きなレースを勝てるのは一握りの馬だけ。

だからこそ、あきらめずに強い馬づくりをしなければならない。

それが競馬の難しさでもあり、面白さでもある。

Medina Spiritは決して高価な馬ではなかった。でも、関係者の努力があったから、それがうまく実ったから、ケンタッキーダービーを勝てたのだろう。

 

一番人気だったEssential Qualityは4着に敗れた。スタートでやや遅れて挟まれたうえ、同中ずっと外を回ったからだと思われる。

またしてもTapit系はケンタッキーダービーを勝てなかった。気性や走法的に向かないというのはあるにせよ、北米リーディングサイヤーにもなり、名種牡馬としての地位を確立したTapitの産駒が勝てないというのは、七不思議のひとつともいえよう(他の不思議って何ですかね?)。

これも競馬の難しさ。

 

競馬は難しい。だから面白い。そして、夢がある。

そんなことを感じた偉大な2分間。

いつかはケンタッキーダービーを勝ちたい。そんな夢を実現できたらいいな、と思います。